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愛すべき喫茶店 

大風邪ひいて寝込んで以来、なかなか体力が戻らず、平日はほとんどヒッキーでした。(高熱を出したあとにトシを痛感します…)
週一で行っていつも長っ尻になるアート喫茶も、しばらく御無沙汰になってしまったわ…
明日あたり久々に行こうかと思いきや18・19連休らしい。トホホ。
あんまり行かないと情報が入らないし、忘れられちゃうわよ(笑)


そんなわけで私は喫茶店文化が好きだ。
のんびり考え事もできるし、音楽に耳を傾けるのも良し、マスターと仲良くなれたなら、知り合いも増え色んな出会いもあって、何気ない世間話もできるしマニアックな情報も入ってくる。

私が喫茶店に足繁く通う週間ができたのは、大学時代「三我展」を計画した時だ。
ポスターを作ってみたものの、さてどこに飾らせてもらおうか?
画廊・画材店・大学はもちろん、本屋…。
もっと他によさげな所はないかと知人に聴いたところ、ある画廊喫茶を紹介してもらい、ドキドキしながら電話をして、一人向かった。雪がちらちら降る夜のことだった。
一階は老舗のジャズ喫茶。まだそんなことも知らなかったけど。
中に入るとコーヒーの香りがし、暖かさにメガネが曇った。
左手に小さな画廊スペースが確保してあり、席には数枚の絵が飾られてあった。客はその時誰もいなかった。
とりあえずおっかなびっくりマスターに趣旨を話し、ポスターを見せる。
何か頼んだ方がいいかと思い、オムライスを頼んで、窓際でおずおずと食べた。
『そんな所で食べてないで、こっちへおいでよ』
ヒゲを蓄えラモスの様な長髪パーマのマスターが、カウンターへと声をかけてくれた。(後から聞いたが天パらしい。)
それが始まりだった。

彼自身が画家で、本当に博学で色んな事を教えてもらった。窓際の絵も彼の作品だった。
まず私はたかだか二次創作あがりで、切り絵だってなんとなく続けていた位で、アートのアの字も良く分かっていなかったし、今思えばよく三人展なんか恥ずかしげもなくやろうとしたものだ。
彼の歯に絹着せぬ芸術論や頑なな持論に、足が遠のいてゆく客もいたが、それが常連の心地よさでもあった。
私も何度も叱咤され、自分の無知さにただただ恥ずかしくなって、行くたびに胃が痛くなっていたが、何故か自然と足はそこへ向いていた。
怒られることもある、あきられることもある。
だけどそれが何よりの私への励ましだった。
コーヒーが苦手だった私に「芸術家がコーヒーが飲めにゃダメだ。喫茶店で一番安いのはコーヒーなんだ。コーヒーが飲めなきゃ情報がはいらんぞ」と修行させてくれたのも彼だ。
下のジャズ喫茶のマスターは、彼の大恩師で、上と下は簡単に行き来できたのだが、こっそり下でミルクティーを飲んでいる私を発見して、冷ややかな目で見ていたことがあったっけ(笑)
『これからイラストレーションで攻めていくのか、手工芸で攻めていくのか、そこがポイントなんだ』
『やるからには値段つけないと足下見られるぞ!』
……
時間は流れ、私が勤めだし、忙しさにかまけ制作も滞り、そんな後ろめたさからか少し足が遠のいた頃。
久々に訪れた日、マスター自身が制作に専念すると店を閉めると言った。
握手をしてもらったが、その時の私はどうにも自分が情けない気持で一杯で、マスターの目を見ることができなかった…。

哀しいかな、不景気も左右して田舎では喫茶店は少なくなっている。
こじゃれたカフェは増えてきているが、友人と語らう場所程度で、情報源にはならない。
美味しいメニューも私には本当はどうでも良い…。
以前は芸術・文化は喫茶店が発信源だった。
一人でも創造はできるし、本や音楽からでも刺激はされるけれど、やはり血の通った人間との対話から生まれる物自体を、私は「アート」と呼びたい。

私がこよなく愛したあの喫茶店は、どんな美術学校よりも重要なものを教えてくれた。
今でも残るあの一角は、私の原点なんだ。

偏っているかも知れないけれど。0417.jpg

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[ 2005/04/17 23:11 ] アート | TB(0) | CM(0)

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