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エゴとの決別 

31になった。

札幌へ来た月に30になって、早一年たったのか。
私はこの一年、自分を見失っていた。
特に仕事を始めてから、長い閉塞期間に入った。
苦しい一年だった。

私のスタイルって何だ?何のために創ってたの?誰にあわせようとしてるの?何の義務感?
そんな物いらない!
団体に所属してみようとしたり、仲間を捜してみたり、してみたけれど、無理をしていたのかも知れない。
自分の許容範囲と言うよりも、スタンスに合わないことを、やってみようとしていたのかも知れない。
得ることのできたのは、ライブカッティング。
そして「迷いながら私はここにいる」こと。
それでいい。

もうひとつ。
アーティストとしての自分がいて、一社会人で主婦で病人で娘である私との折り合いの付け方。
でもどれも私なんだ。それを持ちながら創っているから、私の作品は私だけの物なんだ。
その答えを分かっているのに、体に覚えさせるまでちょっと苦労した。札幌に来て良かったのかも知れない。
尋常じゃない体のだるさをだましながら、そして作り手としての自分を殺しているうち、くだらない自己顕示欲とバカみたいに高いプライドとそのあまりのギャップに気付いたら底にいた。底の底にいた。
鬱だと認めることは簡単だったかも知れない。
何度、病院へ行こうかと思ったかしれない。
けれど、私はあえて心療内科へ行かない道を選んだ。
私には、守ってくれている夫がいて、家族がいて、手をさしのべてくれる友人がいて、…私の切り絵を好きだと言ってくれる人がいる…。
だから、大丈夫なんだ。
がんばれるじゃないか。

ここしばらく、体調の悪さに甘えて仕事も休みがちになってしまい、有休の範囲内とはいえ、この状態が続くと危ういとの上司からの話が出た。覚悟はしていたけれど、どうにもしんどかった。
だけど、まだ辞めるわけにはいかないんだ…
病気のことも、話してしまって、しばらく様子を見てもらえることになったけれど、その日は事実上崖っぷちだった。

金で不自由してきた生い立ち故、最低限は確保したい。
それは浅ましいことですか?きれい事でも本音でもなく。だって、守りたい物があるから。
最低限でいいけれど、大切な人が困っているときにチカラを貸せるように、そうしていたい。
生きることはたやすくはないけれど。働くことは少し不自由なことだけれど。
そんなに悲しい物でもないよ。


私には、守るべき物がある。だから、働くんだ。自分の夢だけを守れる時期は既に過ぎた。
守りたい。だから、夢も抱えて生きていく。甘えてなんかいられない。そんなすき間はないはずだ。
そう考えたら、無理も利くようになった。
まだ行ける。
体の調子も、少しづつ自分で把握できるようになってきた。


私は、守り、守られ、生きている。創っていく。それでいい。

今までの私に手を貸してくれた、声をかけてくれたみなさん、本当に本当にありがとう。
私はまだ走ります。時々は歩きながら、小走りしながら、進みます。心配かけて、本当にごめんなさい。今度こそ、きっともう大丈夫です!

ぼろぼろでもまだ飛べるぜ

そんな唄があった。高校生の頃、すきだったんだ。
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[ 2006/06/16 01:48 ] アート | TB(0) | CM(0)

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